おはようございます。大阪市梅田は曇りです。今朝も部屋のお掃除から始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

今、社会のいたるところで「多様性の尊重」が叫ばれています。

 

 

 

 

人々が お互いの違いを理解し合い、

受け入れ、それによって 創造的な社会を創り上げる。

 

 

 

こういう社会に向かっていかなければいけない

ことは明白なことでしょう。

 

 

 

 

 

 

しかしその一方で、

 

 人々の違いは格差といった形で社会に現れ、

 [ 異なる価値観 ]を持つ者同士が対立するなど、

 

 

社会の分断>が加速していることもまた

現実にあります。

 

 

 

 

世界的混乱となった パンデミック によって、

それまで 潜在的 にあった様々な「違い」が

より鮮明に、表に出できているのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

ある意味、今の時代は、

わかりあえない他者との生き方」が

問われる時代なのでしょう。

 

 

 

 

 

 

ルールというものは、多種多様な人間が、

社会生活をなるべく円滑に送れるようにするためのものです。

 

 

 

 

しかし同時に、行き過ぎると有害なものになってしまいます。

 

 

 

 

 

新型コロナであれ、食であれ、自然災害であれ、

「安心・安全」がよく叫ばれますが、

求めればキリがないというのがあります。

 

 

 

 

 

 

今の社会は、過剰に不安を煽られるので、

 

  安心安全求め過ぎてしまい、

  知らぬ間に、それが当たり前になって、

 

感謝の念 を忘れてしまっているのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

人が「安心・安全」というとき、

その裏には、

 

 

 「誰かに安全性を見極めて欲しい

 

 

 「誰かに安心させてほしい

 

 

といった「人任せ的なもの」が見え隠れします。

 

 

 

 

 

自分の安全をどう確保するか、

自分の安心をどう保証してもらうかを考えたとき、

 

 

   国や行政、親、職場、パートナーなどへ、

 

 

丸投げという 依存 であれば、

 

なんの解決にもならないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

「不安」は人間が人間である以上、

      完全にはなくなりません。

 

 

 

 

 

 

いかにうまく

 「不安」と付き合っていくのか

が大切なのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

不安という不確定要素をどう捉えるのか、

 

 

 

 「自分には何ができるのか」

 

 

 「自分はどう考えるのか」という

 

 

 

主体性 がなければ、

 

 

どんどん心理的に依存してしまい

蝕まれてしまいます。

 

 

 

 

 

 

本でいえば、

『未来はこうなる』『十年後の世界』といった

テーマの本がよくベストセラーになりますが、

 

「正しい答え」「未来の予言」ほど

眉唾(まゆつば)なものはありません。

 

 

 

 

 

 

不確定要素があまりに多い現実世界で、

誰も未来を予見・断言できないでしょう。

 

 

 

 

 

 

カオス」という言葉がありますが、

日本語では「混沌」と訳されます。

 

 

 

 

 

 

カオスというと、

 

 訳が分からないことが同時多発的に起こり、

「制御不能」になるというイメージも

 あるかもしれません。

 

 

 

 

 

そして、カオスが起こらない世界が、

正しい世界 ≫と思われがちです。

 

 

 

 

 

しかし、『カオス理論』でも明らかになっているように、

実際は少し違うようです。

 

 

 

 

 

私たちは、実はカオスの只中に生きています。

 

 

 

 

 

例えば、天気予報もカオスだといわれています。

 

 

 

 

天気予報というのは、

最大でも一週間分しか予報できません。

 

 

 

 

それ以上 予報しても、

確率的に不可能だからです。

 

 

 

 

 

バタフライ効果』は気象学の世界的権威の

エドワード・ローレンツが提唱した理論ですが、

 

 

 北京で蝶が一匹舞ったことで、

 ニューヨークに嵐が来るかどうかが決まる―

 

という理論です。

 

 

 

 

 

日本でも「風が吹けば桶屋が儲かる」という表現がありますが、

必ずしも順序良く「桶屋が儲かる」ようにはなりません。

 

 

 

 

 

あくまで、そういうことが起こり得るというものです。

 

 

 

 

 

 

考えてみれば、生物は誕生してから35億年間、

ずっと「カオスの世界」を生きてきました。

 

 

 

 

 

なぜ生き抜いてこられたのか、

その謎を解くカギが

 

今注目されている

 

複雑ネットワーク」というつながり方の理論です。

 

 

 

 

 

 

例えば、人間関係でいうと、

 

 

 私たちが生きている現実では、

 友人知人、職場の人も含めて、

 

 

典型的にぐちゃぐちゃした、

自然発生的な構造を持っています。

 

 

 

 

 

 

たまたま、生まれた場所があり、

 

 

  親兄弟姉妹がいて、

 

 

そこから学校に通い、

 

 

  卒業し、働き、旅をしながら

 

 

いろんな人と 自然発生的に 出会ったり別れたりを繰り返しています。

 

 

 

 

 

私たちはスケール(基準)がフリー(ない)世界を生きています。

 

 

 

 

 

 

〈幸せの定義〉も人によって全く異なりますが、

「友人の数」と「幸福度」は必ずしも比例しません。

 

 

 

 

 

集団や組織でも同じです。

 

 

 

 

人が集まり集団や組織になると、

 

 

 

どうしても狭い人間関係になるので、

 

 

 

  多数派・少数派に分かれたりしますが、

 

 

 

  置かれている環境を

 

 

 

  俯瞰して 抽象度を上げていくと

 

 

 

実際は、多数派も少数派も存在しません。

 

 

 

 

 

 

そこにいるから、そう感じるだけで、

 

「多数派=普通=常識」と、脳は 錯覚 してしまいます。

 

 

 

 

 

 

実際は一つの関係が途切れても、

別の見えないバイパスでつながっているので、

決して、全体から切り離されることはありません。

 

 

 

 

 

 

脳のなかの神経細胞(シナプス)も全く同じで、

「スケール(基準)がフリー(ない)なネットワーク」で

形成されています。

 

 

 

 

 

 

人間関係や、脳のシナプスに代表される、

ぐちゃぐちゃした「スケールフリー」なネットワークは、

 

無計画に発生したものですが、

同時に柔軟で、いかようにも変化することが強みです。

 

 

 

 

 

 

もちろん、無計画さは、裏を返せばムダであり、

無節操であり、無責任であり、身勝手でもあります。

 

 

 

 

 

しかし、無計画であるがゆえに「カオス」であり、

 

何が起ころうとも、そう簡単には崩れません。

 

 

 

 

 

無計画だからこそ強いネットワークを築けるのです。

 

 

 

 

 

思考も同じだと思います。

 

 

 

 

柔軟性のある思考 は強いです。

 

 

 

 

 

いろんな選択肢を思いついたり、

 

 

  いろんな捉え方をすることで、

 

 

思い込みという に陥りにくくなるからです。

 

 

 

 

 

逆に「こうでなければならない」

  「絶対〇〇に違いない」

  「どうせ〇〇だ」という

 

 

思い込み は柔軟性がないので、

 

 

 どんどん偏ってしまい、

 人としても非常に弱くなってしまいます。

 

 

 

 

 

 

「組織」でも同じことがいえるでしょう。

 

 

 

 

 

行動心理学でよく言われることですが、

 

 

 

人間が、作為的になんらかの集団を組織すると、

 

 

  たいていトップ(権力者)は少数で、

 

 

  下へ行けば行くほど 裾野 は広がるという、

 

 

ピラミッドのような、ヒエラルキー(階層)ができてしまいます。

 

 

 

 

 

 

集団や組織は必ずこういう 矛盾 を抱えていて、

 

少数の上の人に、過剰な富や権力が集中しがちで、

 

 

  その他の多くの人が軋轢や摩擦

  ストレスに悩まされてしまいます。

 

 

 

 

 

そして、こういうヒエラルキーは、

もし、どこかのつながりが 一つでも 切れてしまえば、

すべて バラバラ になります。

 

 

 

 

 

 

トップ(権力者)や、仕切る側の人たちにとっては、

 

 

「組織が存続すること そのものが至上命題」

 になるので、

 

 

 

バラバラになることが 最大の危機 になります。

 

 

 

 

 

 

その 危機意識  から、

 

 

 

  厳密に計画を立てさせ

 

 

 

そこにいる人はそれを厳密にこなそうとすることで、

 

 

凝り固まった状態から抜け出せなくなります。

 

 

 

 

 

 

そうした「硬直した組織」になればなるほど、

 

不測の事態が起こると崩壊していく脆弱性を

常に抱えなければいけません。

 

 

 

 

これは、私たち現代人が抱える根本的な問題だと考えられます。

 

 

 

 

 

 

 

生物が 35億年あまり生き延びてきたのは、

 

 

「カオスの世界」だからこそ生まれてくる

 

  生き抜く力、創造力

 

があるからでしょう。

 

 

 

 

そこには「スケールフリー性をもったネットワーク」

が根源にあります。

 

 

 

 

 

 

私たちは、論理的にものを考え、

 

   計画を立てる人間であると同時に

 

 

無計画に 自由に 行動できる生き物でもあります。

 

 

 

 

 

 

このように矛盾した生き物ですが、

 

 

 

人間は  ほどほどに無計画  がいいのでしょう。

 

 

 

 

 

『誰もが平等であり不平等である』といわれるように、

 

スケールフリー(基準がない)状態

大切にすることが重要かもしれません。

 

 

 

 

 

 

「計画を守らなければ」「ルールを守らなければ」

 とばかり考えるのは、

 

そもそも自然界の成り立ちや、法則から考えると、

逆に、不自然なのかもしれません。

 

 

 

 

 

人間はたいていどこかおかしい」ものです。

 

 

 

 

 

ですから、

 

「普通でいなければいけない」

 

「正しく生きなければいけない」

 

と考え過ぎずないことが大切なのでしょう。

 

 

 

 

 

もちろん、

「正しくありたい」という倫理観を持っているからこそ、

 

 

    人類は繁栄し、

 

 

文明が発達した側面があります。

 

 

 

 

 

 

それを強化し、そうありたいという向上心を持つことは

非常に重要だと思います。

 

 

 

 

 

 

他方で、「他者の評価」を気にし過ぎたり、

 

 

 決められたことに対し「結果」を出そうと、

 

 

 無理やりに つじつまを合わせる日々が続けば、

 

 

 

心はストレスフルになり、

 

 

  怒り、恐怖、罪悪感などの

 

 

ネガティブな感情で 心が汚染 されてしまいます。

 

 

 

 

 

 

「ぼちぼちでいこう」をモットーに、

 

 

あまりガチガチに計画的に生きようとせず、

 

 

しんどいときは ゆっくり休憩 しながら、

 

 

 

発想の転換 をしていき、

 

 

 

 

   前向きな楽観性を持つことが大切なのでしょう。

 

 

 

 

 

 

カオスという「未知な世界」に生きていることを受け入れ、

 

 

   そのなかで 自分の宿命 を知り、

 

 

運命を見極めていく余裕が、生きていく上で大切なのだと思います。

 

 

 

 

 

 

もし今、追い詰めて追い込んでいるなら、

 

 

 

  その 因果 を紐解き、

 

 

 

 

  潜在意識の 抑圧を解放 して、

 

 

 

 

 

 

〈おおざっぱ〉というゆとりや

〈ぼちぼちという無計画さ〉を

 

心に持っていきましょう。

 

 

 

 

きっと「新しい捉え方」ができ、

 

 

 

      心に余裕がでてきて、

 

 

 

 

波動も自然に、[ 本来の状態 ]に戻っていくでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後まで読んでくださってどうもありがとうございました。

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