「宿命」をどう受け止めるか
おはようございます。 大阪市梅田は快晴です。 暑い日が続きますね。
…仏教の教えに「人生は苦である」という考え方がありますが、それは「人は思うように生きられない」ということを意味しているのでしょう。
思うままにならないのが人生。
自由であるといわれても、実際にはこの世に生まれてくる条件からしてみな不自由で、不公平なものです。
「こんなふうに生まれたかった」と一度も考えたことがない人は、幸せな生き方をされてきた人なのかもしれません。
宿命とは、天から与えられた先天的な能力、気質、容姿、そして幼少期の環境(特に親)のことも含んでいます。
「勇気」や「努力」、「意志」や「忍耐力」なども、必ずしも誰もが身につくというわけではないかもしれません。
人にはそれぞれの場で花を咲かせる力がありますが、人によってその花は違うし、他人から見てそれがどうだ分かるものではありません。
人には生まれつき背負ってきたものがあります。
それは変えることができないのでしょう。こんな親を持ちたくなかったと思っても、どうしようもないからです。努力や向上心や忍耐や希望によって、それを克服することは可能ですが、それなりの試練があります。
重ければ重いほど、乗り越えるべき山は高く険しいですが、それだけに厳しい経験は人生の意味を深めてくれるでしょう。
例えば、関係を望ましいものに改善することはできても、その関係を消し去ってしまうことはできません。そういうものを「宿命」と呼んだりします。
そこには「運命」という言葉とはどこか違った、もっと重たく深い意味があるようにも感じます。
では、人は宿命にすべて支配されて、その星の下でただ川に浮かぶチリのように流されてゆくだけなのでしょうか。この地球上に生きていること、それ自体が、ひとつの逆らえない宿命なのかもしれません。
もし核兵器が思わぬ暴発を引き起こせば、地球上の人類の生命が危険にさらされます。世界の気温が何度か上昇して、極地の氷床や氷河が溶ければ、地上の多くの国や都市のなかには水没してしまうところもあります。
その意味では、私たちはばらばらの他人であっても、一つの<宿命の共同体>の仲間でもあります。しかし、その一方で、個人はあくまで個人として生まれて生きています。
そこでは地上の誰とも違う、ただ一人の自己として存在しています。私たちには、選択の自由があります。特に大人になった今、幼少期には選ぶことができなかったことを「選択」をすることもきできるでしょう。
宿命は、自分の力を超えた大きな流れだと考えられます。否定して、そこから抜け出そうとばかりしても、堂々巡りしてしまうかもしれません。宿命を受け止めていくのは、そこに「学び」や「気付き」があるという前向きな視点が必要でしょう。
辛い現実から逃げようとしても、今の自分を否定するだけで終わってしまうからです。
誰かのせいにしても、なかなか解決にもつながりません。とても過酷なことです。自分が背負ってきた荷物を少しずつおろして、新しい信念や価値観を背負うことが、私たちに求められているのかもしれません。
宿命のなかに隠された意図を発見した時、新しい道が開けていくでしょう。宿命を受け容れ、その中での出会いに意味があったと感じられる人生にしたいものですね。
ヒプノセラピー(催眠療法、インナーチャイルド療法、前世療法)でより多くの癒しや気付きをと願っております。
最後まで読んでくださってどうもありがとうございました。
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